伝統とモダンが交差する、まちの文化祭

神楽坂まち飛びフェスタ アーカイブ

 1999年の初回「神楽坂まちに飛びだした美術館」からこんにちまでの「まち飛びフェスタ」の変遷を、ウェブサイト上の報告資料等で一覧できるアーカイブです。
 ロゴ、写真の著作権など未処理の課題もありますので、外部への公開はしばらくお待ちください。また、下記の内容について誤記などのご指摘、または行方不明のデータの所在のご存知の方はぜひメールにてご一報ください。

 2005年6月 まち飛びフェスタ実行委員会 広報記録班(渡邉)


1999年
7月

まちに飛びだした美術館

 故・立壁正子さん(『ここは牛込、神楽坂』編集発行人)とアユミギャラリー(鈴木喜一)との共催でスタート。アートをギャラリーに囲い込まずに、「神楽坂のまち全体をアート空間にしよう」というコンセプトを掲げ、14のギャラリーでの関連企画の他に、60以上の商店や飲食店、銀行、会館等の店先や内部に展示することでにプロ・アマの写真、スケッチ等の作品を掲示した。「それだけでは寂しい」と、単発イベントとして企画されたのが「坂にお絵描き」。1200人もの人出で大成功をおさめた。(主催:牛込倶楽部・アユミギャラリー)
   
 
アユミギャラリー内の
アーカイブを見る→
・「まちに飛びだした美術館1999」全体の記録   ・「14のギャラリーの企画」
・「60余店の作品展示のリスト」          ・「坂にお絵描き」イベントの報告

2000年
10月

まち飛びフェスタ2000

 99年の企画を一年限りで終わらせず、継承しよう、と2年目の2000年もスタッフが結集。神楽坂らしさをより追求しよう、という趣旨で「神楽坂の10月=ART+伝統芸能」というコピーを確認。膨大な労力を要する「店舗への作品展示」を縮小し、ギャラリー・喫茶店・会場などでのイベントに比重を移した企画となった。
  「坂にお絵描き」は最終日の10月29日、小雨模様の中決行され、舞踏などの関連イベントとともに神楽坂に定着する第一歩となった。一方で、スタッフ体制の役割分担の問題等、克服すべき課題も明らかとなった。

(主催:まち飛フェスタ実行委員会)

 
 
アユミギャラリー内の
アーカイブを見る→

「坂にお絵描き」イベントの報告

2001年
10月
まち飛びフェスタ2001

 三年目の「まち飛びフェスタ」。9月30日〜10月14日まで開催。神楽坂まちづくりの会など地元メンバーを中心に実行委員会を結成し始動した。1994年から続いていた東京を描く市民の会と神楽坂まちづくりの会共催の「まちなみスケッチ展」も、まち飛びフェスタの1イベントとして組み込んだ。
 「まちに人と絵があふれる日(9/30の坂にお絵描き)」、「まちに人 坂に絵 の2週間」「古き良きものにふれる日」などのスローガンをかかげ、伝統芸能へのアプローチが目立った。
 神楽坂通りの全ての街路灯に、津久戸小学校のみんなの絵を飾る「まち暖簾-のれん-をかけよう! 」など新企画もたちあげて、地元の子どもたちとの協同を目指した。ウェブ資料は現存せず。

     

2002年
10月
まち飛びフェスタ2002
 9月29日〜10月14日まで開催。恒例の路上イベント「坂にお絵描き 700mのキャンバス」や毘沙門天前でのアートパフォーマンス、お座敷で楽しむ優雅な遊び「投扇興」なども好評だった。
 ウェブ資料は現存せず。
     
     

2003年
9〜10月
まち飛びフェスタ2003

 「まちなみスケッチ会」以外のウェブ資料は現存せず。

 
東京を描く市民の会内のアーカイブを見る→
「まちなみスケッチ会 」の報告

 

2004年
9〜10月
まち飛びフェスタ2004
 9月25日から10月30日まで、約2ヶ月にわたり神楽坂全域でアートの祭典として開催。統一マップ、協賛のシステム、サポーターバッジなどの取り組みが進み、また大学生を中心に若い参加者が大幅に増加。小唄・陶芸・写真・絵画・演劇・まちあるき・コンサートなど企画も多岐に渡った。
 「坂にお絵描き」は10月17日に開催。一日限りの落書き天国として定着した観がある。
   
 
アーカイブを見る→

・「まち飛びフェスタ2004」全体の記録(神楽坂エリアネットワークサーバ内。各イベントへのリンク) 
・「坂にお絵描き2004」記録写真集(新宿区商連サーバ内)
・「神楽坂まちなみスケッチ会」の記録(東京を描く市民の会サーバ内)